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人様の役には立つまい雑文ブログ もはや趣旨すら何処へと
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リハビリがてら、構想中の小説の冒頭だけを書き出してみる。
うん。最初の一文を書きたかっただけなんだ。というか小説の書き方忘れた……。







 道に張り出した夜桜の枝の下を抜けて吹く、倦怠感を誘う生温い風が、蕎麦の匂いをくゆらせた。路傍にある岩に寄りかかるように腰掛けていた染谷大吉は、ふいと顔を上げ、自身が開く夜鳴き蕎麦の屋台に目をやった。
 最後の客が席を立ってから、まだ五分程。その名残を濃い花の匂いに塗り替えた風は、妙に彼の心をざわつかせる。こんな風が吹く夜には、怪なる物、怪なる人が現れやすいことを、彼は知っていたのだ。
 染谷が出す夜鳴き蕎麦は、常連客には『刀蕎麦』と呼ばれていた。その由来は、染谷自身が刀帯びであることにもあるし、なにより、屋台の担ぎ棒に一振りの長太刀を使っていることにもあった。これは柄をそのまま引けば抜刀できるような造りになっているので、自衛の武器にもなる。ひとつの隠し武器のようなものだ。夜鳴き蕎麦などという仕事柄、こうした備えは必須であった。
 近頃、帝都の夜は物騒である。
 新聞には毎日のように、怪異・怪人の報があり、夜の闇の恐怖を人々に伝えていた。事実、染谷が今夜屋台を出している美咲川の土手も、つい三日前に辻斬りがあったばかりだ。
 土手には桜並木が続いている。帝都の端にあるとはいえ、常ならば、昼も夜も花見客がチラホラと闊歩しているような、いわゆる穴場である。それが、三日前の事件の後はぱったりと人が途絶えた。五分前の客で、今夜は二人目というなんとも寂しい客入りというくらいに。最初のひとりは事件のことを知らない老人で、その後の客は見回りの警察官だった。よく見回りの間にサボっては蕎麦を食いに来る常連客の一人で、染谷はいつも、呆れながらも彼の気風のいい食いっぷりに惚れ惚れしている。
 そんな、夜であった。
 もう客も来ないだろう。そう考えた染谷は火を止め、茹で汁を捨てようと、二重にした手ぬぐいを釜の縁に当て、持ち上げた。
「こんばんは」
 そっと耳に届いた声に、染谷は顔を上げる。
「もう、終わりですか?」
 染谷の眼前。屋台の前にいたのは、袴姿の女学生だった。長く、するりと肩に落ちる黒髪は、まるで月の雫で濡らしたかのように夜闇に艶めいて、白い肌は淡雪のように儚げだ。すっきりと整った顔は美しいというよりも、麗しいと評した方が似合う。けれども、彼女は染谷よりも頭ひとつ分ほど上背で――これは、彼が小男であることも関係している――、瞳に宿るはっきりとした光と相まって、繊細そうな容貌に反した気骨も窺えた。
 これは綺麗なお嬢さんだ。まるで幽霊のように、するーっと現れたことといい、この世の者ならざる何かを、染谷は感じる。が、少女はきちんと地に足を着けているし、肌も白いが頬には血色もあるので、生者であるのは間違いだろう。
 それよりも染谷を驚かせたのは、その少女の腰にあるものだった。
 三尺六寸の打刀。
 年号が泰招(たいしょう)になり、そろそろ十年が過ぎようかというこの時世、刀帯びは珍しいものではない。一度は廃刀令によって、刀は市勢から消えていた。が、五年前に新しく佩刀許可制令が発布され、帯刀は許可制になった。今や十六歳以上の健康な人間なら、政府が管理する剣術試験、面接試験に合格すれば誰でも刀を佩けるようになっていた。
 泰招に入ってからというもの、怪異や怪人による蛮行は増える一方である。その被害を抑えるためには、国民自身が自衛の術を持たねばならなかったらしい。
 とにかく、そういう背景もあり、昨今は刀帯びはさして珍しくはない。
 しかし、今染谷の前にいるのは女学生なのだ。品と可憐を美徳とするような彼女らに、その血生臭い道具は、いささか居様に思えてならなかった。
「あの、もう、終わりでしょうか?」
 少女は少し困ったふうに、染谷にそう訊き直した。
 染谷はハッとして、
「ああ、済まないのう、ボォっとしてて。お嬢さんは運がいい。今火を落としたばかりだから、今夜最後のお客はあんたになるよ」
 それを聞くと、少女はほろりと微笑んだ。
「では、一杯いただきます」
「毎度あり。少し待ってておくれな」
 もう一度火を入れて、染谷は蕎麦を茹で始める。花風に奪われた匂いが、再び屋台の下に立ち込めていく。
「時に、お嬢さん」
「はい?」
 席に座った少女は、きょとんと染谷を見上げた。
「こんな夜更けに一人でいるなど、いささか危なくはないかのう。ここもつい最近、辻斬りがあったばかりなのに……」
「ええ、知っています。犯人は『離れ辻斬り』……という方でしょう?」
 染谷は茹で上がった蕎麦をどんぶりに上げる。
「ほう、そこまで知っていて、なぜこんな場所に、こんな時間に。……はい、お待ちどうさん」
 染谷は少女の前に、蕎麦を置く。出来立てのはずのその匂いはすでになく、辺りは気味が悪いほどに、花の香りで満ちていた。
 箸を割りながら、少女は言った。
「私、その人を探しているのです。その人に会いたいのです。だって……」
 語る彼女の瞳は、夢見るように、恍惚として、

「犯罪者を斬っても、お咎めはなしですもの」

 ああ。染谷は知った。
 この娘もまた、どこかがおかしい、怪なる人なのだ。

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