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てけとーに書きましたが、一応完成です。
○31歳 主婦
「マぁマぁ~、まぁってよぉう~」
溶かしたチョコレートに片栗粉を混ぜたような声で、娘が言った。
なんて可愛い声なのかしら。それにあの困った顔。買い物を終えてすたすた前を歩いていってしまう私を追って、娘が困った顔して、必死でついてくる。ああ、なんて可愛いの。なんて可愛そうなの私の娘。
その困ったちゃんの顔を見てると、ママ、へんなきぶんになっちゃうの。なんなのかしらね、これ。いけないことだと分かってるのよ。娘を困らせるなんて、いけないママだと知ってはいるのよ。でも……
「まぁま~」
あらあら大変。ついに泣き出しちゃったわ。ぞくぞくしちゃう。ちっちゃな顔がくしゅくしゅに丸めた紙みたいになって、おサルさんみたいに真っ赤だわ。たまんなくなっちゃう。
はいはい、ごめんねごめんね。ここで私が振り向いて、しゃがみこんで手をひろげてあげると、あの子ったら、まるでミサイルみたいに私の胸に飛び込んでくるのよ。愛の弾丸だわ。いえ、愛の弾頭だわ。
「よしよし。ごめんね、さみしかった? 今日はチエちゃんの好きなハンバーグを作ってあげるからね」
「うう~、わぁ~い」
そしてこの顔。喜んでいいのか泣いていいのかわかんないって顔。
いいわぁ。
○34歳 会社員
クソ上司にしこたま残業させられて家に帰ると、いっつもこんな時間になっちまう。見ろクソ寺田。もう零時過ぎてんじゃねぇか。こんなんじゃ、愛しい我が娘との重要なコミュニケーション、スキンシップが取れねえじゃねえか。もし娘がグレでもしたら、あのクソ上司に一発かましてやろうか。いや二発、三発でもいい。それでも足りねぇ。
あの天使のような俺の娘。それが将来、ケバケバしいお化けのような化粧で顔面を塗りたくるようになるのかと思うと、俺はなんとしてでもあのクソ上司を殴らなければならない使命感に焦がされるのだ。クビ? 知らんがな。
しかし、しかしだ寺田。俺は少し、あんたの課すオーバーワークには感謝している面もあるんだぜ。
「おかえり、あ・な・た♪ 今日も遅かったのね。残業? かわいそう~」
見よ、我が妻ミヅホの可憐さを。完璧な人妻だろう。マンションのドアを開けたらすぐに現れる、俺の女神だ。
ゆったりパーマのかかった長い髪は神の国の土(雲)を思わせる極上のふわふわ感をかもし出し、幸せを体言する黄色いエプロンを盛り上げるのは、アダムがその誘惑に負けてしまった知恵の実のような秘匿さと禁忌の色香を漂わせ、そこから視線を下げていくと現れる、キュッとくびれた腰のラインが艶めかしく俺を誘う。膝丈のスカートからはすらりとした素足が伸び、膝、すね、足首、くるぶし、指までが完璧と言っても過言ではない造形をしてる。そして穢れを知らない白さだが、残念、そこはもはや俺が制圧している。
小動物を思わせるおっとり顔は、ちょっと火照ったように赤い。ミヅホがこんな顔をして出迎えてくれるのは、俺が深夜帰りをするときだけだった。
「ああ、今日も疲れたよ。さきにメシにするわ」
「はい、あなた」
そして妻は、子犬のようなあどけない顔で俺の後をついてくる。メシ食ってるときも、じっと俺の正面で見つめてくる。なにか期待しているような目で。
「風呂入ってくるわ」
「はい、あなた」
妻はもう風呂に入っている。髪から甘いシャンプーの香りがしてるぜ。だから俺はひとりで入る。だが妻は、風呂の外で俺が出るのを待っている。バスタオルとミックス・オレを持って、な。
妻は子犬だ。なんでもかんでも、俺に従順に尽してくれる。そして、たっぷりとお預けをくれてやった後は……。
「ああ~、待ってたわ、待ってたわ~」
ぐふふ。
○49歳 会社員
加藤にも困ったもんだ。裏では俺のことをとやかく言ってるくせに、何か困ったことがあると、すぐに俺を頼ってきやがる。頼ってるフリなのは知ってる。だが奴の失敗はそのまま俺の失敗にも繋がる。会社とは怖いものだ。俺は上から下から攻められて、見ろ、若い頃のサラサラヘアーは全滅だ。
それなのに、俺にはあいつに残業をくれてやることしか、その悔しさを吐き出す方法がない。そしてあいつはさらに俺を悪く言う。だが困れば俺を頼る。俺のヘアーは死ぬ。悔しいから残業をくれてやる。そんな繰り返しだ。俺のヘアーがいくつあったって、足りやしねぇ。なんだか親父さんがどえらいジイサンらしいが、知るか。
だが、だがしかしだ。
「部長ぉ~、あの、すいません……」
あ、また来た。なんだまた何かやらかしたのか。
加藤はしょんぼりうな垂れる。
ふう……。
こいつのこの仕草が、なんだか死んだ息子を思わせてな。
ついつい。
○26歳 キャバクラ嬢
「サオリちゃ~ん、聞いてくれよ~、部下に加藤って奴がいんだけどさ~」
あら、また始まったわ、山下さんの愚痴。はぁ。こうやって客の話を聞くのが仕事って言っても、愚痴ばっか聞かされるのもたまったもんじゃないわ。
「どうしたの? また加藤さんって人、なにかやっちゃったの?」
「それがさ、あいつ、こないだの見積もりで計算間違えやがってさ~。まあ、上に提出する前に気づいたからよかったものの」
じゃあいいじゃない。それって大きなミスなの? 高校出てすぐにお水始めた私には分からないけど。
「え~。加藤さんってほんと、仕事ができないのね~」
でも私はこうやって、山下さんのご機嫌を取るために愚痴に合わせて、その加藤とかって人を悪く言わなきゃいけない。見ず知らずの加藤さん。ごめんなさいね。
「そう! そうなんだよサオリちゃん! 加藤はほんと仕事ができなくてね。でもね、なぁんか、ほっとけないんだよね~」
「そうなんだ~。山下さんって優しいのね」
「そうだよ。おじさん優しいんだよ。がはははは!」
お口くさい。
○67歳 ご隠居
わしは、金持ちだ。すごいすごい金持ちだ。金ならくさるほどある。捨てるほどある。金は甘い砂糖で、甘い蜜である。真っ当な稼ぎで得た金ではないから、その匂いは濃密で、常人ならばくるくる目が回ってぶっ倒れるほどだ。だから、わしの身に染み付いた濃厚な金の匂いは、さまざまな輩をひき付ける。害虫に等しき輩をな。
「おれおれ、親父おれだよ」
「わしの息子は108人いるが、何人目の息子かな。ちなみに半分はもうおらん」
「南米の難民への救済としてですね」
「わしの金は穢れた金ぞ。救済などと聖人君子のような真似ができようか。穢れた金には穢れた輩しか触れたがらん。知っておるぞ。ヌシも穢れた人間であるな」
とまあ、そういう輩どもである。いわゆる詐欺師。馬鹿どもが。同じ世界で富を築いたわしが、そのような手に引っかかるわけがあるまい。馬鹿どもが。もう一度言うぞ。馬鹿どもが。真っ当に働けぃ。生き残る術は真っ当に生きることである。わしの息子たちのように。
だが。だがしかしである。
「ねえ、金蔵さん」
穢れた世界でひと際美しい、その娘。商売名で、サオリと言ったか。この娘だけは、特別だった。
両親がこさえた多額の借金を、わずか十五で背負い、穢れた世界へと落とされた哀れな娘。そんな娘はここにはごまんといる。どの娘もわしに擦り寄ってくる。目的は金だ。だが、このサオリだけは。
「おじいちゃんって、呼んでもいいかしら。まだお母さんとお父さんが仲良かったときはね、よくおじいちゃんの家に遊びに行ったのよ。金蔵さんのそのしかめっ面ね、私のおじいちゃんに似ているの」
そう言って、サオリは満足そうに笑うのである。それだけで満足してしまうのである。金ではない。わしのこのいかつい顔で満足してしまうのである。
わしは、わしはなんと言って答えればよいかわからぬ。金で満足せず、顔で、言葉で満足してしまうその娘に。だからわしは、サオリの好きなようにさせている。話がしたいと言えば話をしてやる。遊んでほしいと言えば遊んでやる。不思議なことに、サオリは金のかかることはあまりしたがらない。わしの金であっても、である。それが不思議で、妙に心地がいいのである。まるで、孫と遊んでいるようである。
わしの孫も、十年もすれば、このように美しい娘となってしまうのだろうか。
「ねえ金蔵さん、腕相撲しよう腕相撲。私、けっこう力あるんだよ!」
顔がほころぶ。
○8歳 小学生
あたしのなまえはチエミです。八歳です。今日はだいすきなおじいちゃんの話をします。
おじいちゃんの名前はキンゾウです。ふるくさい名前です。でもおじいちゃん、その名前がすきなんですって。だからあたしも、おじいちゃんの名前がすきです。
おじいちゃんは、いっつもいっつもニコニコしています。ニコニコしすぎて、お顔がとけそうです。
おじいちゃんはいいます。
「チエミはかわいいのう、かわいいのう」
あたしにべたぼれです。あたしったらツミな女の子です。おじいちゃんをもてあそんでいます。
「チエミをお嫁さんにしたいのう」
きもちわるいからやめてっていったら、おじいちゃんはホンキでないてしまいました。
朝から夜まで、ずっとずっと、ずうっとないてました。さすがにかわいそうになって、「およめさんはムリだけど、あいじんにはなってあげるよ」っていったら、それはいかん、っていわれました。あいじんは、つくってはいけないものなんだそうです。つくっていいのは、パパとママのあいだにあるような、きょうきじみたアイと、あたしのようなかわいい子供だけなんだそうです。
おとなってむずかしいです。おじいちゃんには108人のあいじんがいるのに。
「なにを言うか。わしの愛しい人は、チエミだけぞ」
きもちわるいからやだっていったら、おじいちゃんはまたないてしまいました。
やれやれ。
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とくにオチなし。なにこの小話。
さぁ! 明日もがんばろう!
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