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黒い森のブービー・ポウ
◆◇◆ 1 ◆◇◆
しん、しん、しん――と。
静寂を奏でながら、白銀の雪が降っていた。
黒く尖った葉を茂らせる、ヨルの木の枝を寝床にして、ひらりひらりと、重なって。
細かな氷の集まりである雪は、見た目に反して重さがある。積載量に耐え切れなくなった枝は、当然、圧し掛かるものを落とすことで、その重さから解放されようとする。そして今も――ばさり。
枝の下、落とされた雪のかたまりを引き受けたのは、地面ではなく――彼の帽子だった。
「むう……」
呻いた声は高く澄み、少年のような、少女のような響きを含んでいた。声の主は、二メートル以上はあろうかという巨体を揺すって、永い待ち時間ですっかり積もってしまった、肩や帽子の上の雪を払った。
――山のように大きな者。
そんな言葉ほど、そいつを言い表すのに最適な一言もないだろう。
深緑のコートに包まれた体は丸く大きく、さながら風船が詰まっているかのよう。驚くべきなのは、そのコートは彼の巨体を包んでまだ余裕があり、袖は手袋に包まれた手の半分ほどをも隠し、裾は膝の辺りまでを覆っていた。そこから覗く、黒のズボンを穿いた脚は、大柄な体とはどう見ても不釣合いなほど細かった。一歩踏み出せばたちまち折れてしまいそうなほど一見は頼りないが、しかし事実、山のような体を支えているのはその脚だった。
頭の上には、ちょこんと、とんがり帽子が乗せられている。まるで小山のてっぺんに植わった、一本の低木のような心細さを醸していた。帽子の前面にはファスナーが付いて、今、その口は閉じられている。
アンバランスのみで構成されたような風貌のそいつの顔――――顔は、見えなかった。深く被った帽子のつばと、立てたコートの襟が、その中にあるはずの顔を隠して、ちらとも窺えない。かろうじて生じている隙間からは、月のない夜のような暗さだけが見えていた。それは深遠を思わせる闇。覗き込めば――吸い込まれてしまいそうな。
「ううん……。遅いなあ……」
しかしそこから響くのはやはり、少年のような、少女のような、妙に耳障りのいい高音域。まるで妖精か、はたまた精霊の口ずさみかと紛うほどの、言ってしまえば、可愛らしくもある。その声もまた、そいつの風貌のちぐはぐさを物語り、返ってその正体に、幻のような暗幕を垂らしていた。
そいつがいるのは、ズワルテ・ワルドの中にある、旧街道の脇だった。人々の往来がなくなって、どれほどの月日が経ったのかも分からないその一本道は、今は真っ白の雪に覆われて、その下にある、黒ずんだ石畳を隠している。そこかしこから石を割って伸びた、名も知らぬ雑草、蔓草は、冬であるこの時期、からからに乾いた体を雪に覆われて、死んだように凍えていた。
森は、静かだった。茂る針葉樹、雪に包まれた雑草群、雪の下に埋もれた土壌、岩石――存在するすべてが『瘴気の黒』に彩られた黒い森、ズワルテ・ワルドは、人も動物も、毒気を含んだ空気に侵される。そのため、モノは黒く染まる。今は真白い新雪も、夜になればたちまち黒く染まるだろう。
とにかく、その森に近づく生き物は皆無に近かった。普段から静寂のみが横たわる土地だった。まして今は、降りしきる雪がさらに森を覆って、音を吸い取り、いつにも増して静かな世界に変じている。その無音に過ぎる様は、逆に、耳に染み痛む。木の枝から雪のかたまりが落ちる音すらも、聞こえるはずなのに、聞こえないかのような、心の根元から底冷えする静寂だった。
音の無い森の中、そいつはひとり、道の側らに佇んでいた。じっと動かないままで、まるで死んだ森の一部であるかのように。時折、思い出したように蠢いてはコートや帽子についた雪を払い落とし、「遅いなあ」と呟く。生きている証であるはずのその動き。それでもなお、しんと静まり返ったこの森は、生者に対して排他的に思えた。
やがて――――ぎぃ、と。
森に息を吹き返させるような、人為的な音がささやかにした。木と木が擦れ合ったような軋みの後は、ごとんごとんと、やはり、重い木と木が触れ合うような音が続く。それはだんだんと大きくなって、そいつのいる場所へ近づいてきていた。
「やっと来た」
例の高い声で、そいつはやれやれと息をつく。音のする先、旧街道はネーヴァンの街に続いている南西方面に体を向けて、舞い落ちる雪の向こうから来るモノを待った。
それは馬車だった。御者台にまで及ぶ屋根の付いた、黒塗りの荷馬車。箱型の造りは無骨で、装飾の類はまったくないが、その分、頑強そうな見た目をしている。都市部などで貴族連中が見栄のために乗り回すような代物ではなく、長旅に適した馬車であることは、誰の目にも明らかだろう。そのように造られる馬車が、ただ飾ることのみに執着したハリボテより高額になることも。
黒い馬車は、背の高い、筋肉たくましい二頭の黒馬が、積もった雪にも負けずに力強く引いて来る。荒々しい雄と雌の馬は、森の静寂の終わりを告げるような嘶きを上げて、そいつの前に馬車を止めた。
「どうどうどう……すこし、待たせてしまったかの?」
御者台からかけられたのは、ゆったりとした、老人のしわがれ声だった。
「相変わらず時間にルーズだね、アンボワルン」
そいつは大げさに肩を竦めて見せる。
「はははぁ。そう言ってくれるな。この雪じゃあ、待ち合わせなどたいして意味はないじゃろが」
「それで商いになるのかい?」
「それで商いになるような連中しか、わしの客にはなれんよってな」
とんでもない商人だね、とそいつは笑った。御者台の老人も声を上げて笑う。
「ところで、お前さんはどうだね。元気でやっとるか?」
アンボワルン――そう呼ばれた老人は、気さくな声で言う。対して、
「元気もなにも、いつも通りさ。迷い込んでくる人もあまりいないし、毎日退屈だよ」
「そうかい? この森にゃぁ、あの~、なんと言ったか。魔女の小娘とか、獣の王とか、いくらでもいるじゃろう?」
「メーニャとガガントのことかい? あの二人は君よりも奔放だよ。むしろ、こうやって月一で来てくれる君のほうが、まだ話相手としては優秀なほうさ」
「はははぁ。そうかい。そう言ってくれると、わしも行商のしがいがあるというものじゃよ――と」
白いヒゲ面で老人は嬉しそうに笑い、御者台から、意外にも軽い動きで降りた。
老人の羽織っている茶色のコートは、一目で仕立ての良さがうかがえる品だった。頭にかぶった丸い帽子もそれと合わせた色と生地で、かなりの値打ちになる。コートの前を合わせているので見えないが、その下には白のシャツと、これまた高級生地のベストを着込んでいるはずだ。装いこそ中流貴族あたりに引けを取らないこの老人。しかし顔だけを見れば無精ヒゲやら目やにやら、冷気で赤くなった頬やらで、およそ服装通りの人物とは断言しがたかった。
暖かそうな毛皮の手袋を外すとアンボワルンは、自身の馬車を引いていた二頭の黒馬の背を撫でた。そして、
「それじゃあ始めようかのう、月に一度の商いを。欲しいものはあるか? 代価は充分か? 我が客――黒い森のブービー・ポウよ」
瘴気が満ち、雪で覆われた、白く黒い森の中で――妖しげな取引は始まるのだった。
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妄想廃棄物第一弾。
童話風ファンタジーでちょっぴりダークを演出したかったけど硬い文体に疲れて投げ出したもの。
ブービー・ポウ、アンボワルン、というキャラクターたちは、小説を書き始めた当初、語呂と名前の響きだけがぽっと浮かび上がり、出来上がったキャラたちです。
名前が決まったら姿も決まったという稀有な奴らで、ポウの方は【山のような巨体】【緑のコートにとんがり帽子】【少年のような少女のような高く澄んだ声】【おだやかな話し方】という要素は不動でした。
アンボワルンの方も、【しわがれ声の老人】【馬車に乗った商人】【成金っぽい】という要素は変わらず。
この二人のほか、もうひとりセットで出来上がったキャラがいるのですが、彼女が登場する前に気力が低下してしまいました。おのれ。
投げ出してしまったわけですが、この世界観にはちょっぴり愛着もあり、雰囲気も好きなので、いつか続きを書きたいと思っているひとつです。それを忘れないためにも、ここでさらし者にしてやるわ!いや、なってやるわ!
そんな作品はPCの中にはごまんと眠っています。( ´・ω・`)
イメージBGM:「追憶に咲く白い花」霜月はるか
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